2020年1月26日日曜日

青木隼人『日田』を聴いて

この二週間ほど、仕事の関係で平日は姫路に滞在していました。今日の投稿は、姫路ハンモックカフェを訪れた時に買った、ギター奏者・青木隼人の2018年作『日田』について。(カワズ)




この『日田』というアルバムは、大分県日田市にある唯一の映画館「リベルテ」の音楽レーベル第一弾としてリリースされたものである。作者である青木隼人は、アルバム制作のために実際にリベルテを訪れ、終映後の館内でレコーディングをしたという。青木が弾くギターだけによるとてもシンプルな作りとなっていて、ボーカルは無い。ひとたび再生を始めると、まるで一筆書きの絵画のように、実に丁寧に弦が爪弾かれ、繊細なフォルクローレとして紡がれていく。そして映画館という特殊な空間が生み出す、どこか張り詰めた緊張感。聴いているうちに、どんなふうに展開していくか分からない、乾いた質感のドキュメンタリー作品を観ているような感覚が湧いてきた。

このアルバムについて特に興味深く心に残ったエピソードが2つある。1つは、これが即興で作られた作品であること。以前からリベルテでの演奏会で何度も日田を訪れたことのある青木は、すでにこの町からたくさんの刺激を受けていたに違いない。『日田』という作品を具現化するためには、だからこそ、その土地にあえて再び赴き、町の佇まいを目に触れ、実際に町の空気を吸うことで得るインスピレーションを直ちに音に記録する方が、この町に足を踏み入れた時の感触、その時の生き生きとした純粋な感情を、より新鮮なままパッケージできる。彼はそう直感的に悟ったのではないだろうか。

もう一つの興味深いところは、曲名を作家自身が名付けたものではないということ。作品の舞台にしたいとさえ思うに至った日田という町。そこで描いた心象風景を自身の音楽に投影したいと考えるなら、普通であれば作家は曲のタイトルも自らで命名したいはずである。しかし青木は、それを他者の感性に委ねた。出来上がった音源は、日田に所縁のあるエッセイスト石田千に預けられ、彼女よってそれぞれに曲名が付けられた。青木は本作のライナーノーツの中でこう述べている。「千さんから受け取った曲名からは、自分では気付くことのなかった、音の背後にある風景や、まとっている湿度のようなものが、はっきりと立ち上がってきた」。

即興的な音楽であることと、曲のネーミングを他者に委ねたということ。この2つの事実は、日田を活動拠点としていない青木隼人という音楽家による、この町に対する深いリスペクトの念の裏付けではないかと、僕は思っている。離れた場所から見る自分だけの日田像を、彼は愛を持ってあえて放棄したのではないか。
澄んだ水と空気、美しい夜空、豊かな草木の茂み、そしてここに暮らす人々の慎ましい生活の営み。日田の町のそうしたナチュラルな佇まいこそが、本作『日田』の主人公なのである。




青木隼人 『日田』(2018)

装画:牧野伊三夫
タイトル考案・テキスト:石田千
LIBERTE01/全12曲/セルフライナーノーツ封入/2,500円(+税)
  1. あかつき
  2. 草雨
  3. donbraco
  4. 小鹿田
  5. 水の地図
  6. 舟灯
  7. 森のスケッチ
  8. 馬とシネマ
  9. 春晝寶屋
  10. リベルテ
  11. 旅人の踊り
  12. 日、月、星

♪オンラインショップ(日田リベルテ)
♪試聴ができるウェブサイト(雨と休日)